以下感想
尚が婚約者持ちであるにもかかわらず、あそこまで急速に真司に惹かれていくこと自体、かなり引っかかった。しかも、それを周囲がほとんど止めないのも不自然に見える。倫理的に危うい関係へ踏み込んでいく話である以上、そこにはもう少し抵抗や違和感が描かれてよかったはずだ。
さらに言えば、尚が真司を「好きな作家」だと知る以前の段階では、彼女がそこまで心を持っていかれるだけの魅力が、正直そこまで丁寧に立ち上がっていないように思えた。真司はむしろ自信がなく、卑屈で、尚が強く惹かれる相手としては説得力が弱い。たとえば、真司が何かを書いている場面を尚が偶然目にし、「あ、この人だったんだ」と気づくような導線があれば、感情の動きとしてはもう少し自然に受け取れたのではないかと思う。
そのため全体として、尚という人物がひとりの人間として立っているというより、物語の都合に合わせて配置された「便利なヒロイン」に見えてしまった。見ている最中、正直ずっと「これ絶対男が書いた脚本だろう」と思っていたので、女性脚本だと知ったときは驚いた。もちろん、女性が書いているからよくない、という話ではない。ただ、ヒロインの感情や選択があまりにも“相手にとって都合のいい方向”へ流れすぎていて、人物の実感より脚本上の要請が前に出て見えた、という意味で、かなり強い違和感があった。
もうひとつ納得しづらかったのが、真司の描かれ方だ。一度は母親に対して「僕が守る」と覚悟を口にしておきながら、結局は自信のなさを理由に尚を捨てる。その時点でかなり無責任なのに、本が売れ、金も自信も手に入った途端に戻ってきて結婚へ向かう流れは、さすがに都合がよすぎる。百歩譲って、「貧しさや無力感ゆえに逃げた」「成功してようやく向き合えるようになった」という理屈それ自体は理解できなくもない。だが問題は、その身勝手さがほとんど批判されず、周囲に受け入れられ、しかも感動的な話として処理されていくことにある。そこがどうしても気持ち悪かった。
とりわけ引っかかるのは、尚がその一年でどれだけ傷ついたかが、あまりにも軽く扱われていることだ。尚は死を考えるほど追い詰められていたのに、捨てた側の真司が戻ってきて、「やっぱり大事にします」「やっぱり結婚しましょう」とでも言いたげな顔で再び主導権を握る。その構図には、あまりにも想像力がない。もし復縁に説得力を持たせたいのなら、結婚を決める主体はせめて尚の側であるべきだったと思う。捨てた側が戻ってきて、もう一度話を動かす側に立つこと自体に、強い違和感があった。
医者の存在もよく分からなかった。なぜあんな男ともう一度つなげようとするのか、まったく納得できない。「素敵なご主人ですね」と評されるだけの要素が、こちらにはほとんど提示されていない。尚の苦しみを最も近くで見てきたはずの人物までその温度感だと、作品全体が真司に甘すぎるように見える。
真司の「捨てられた子ども」という背景と、彼自身が尚を実質的に捨てる行動とが重なる点も、かなり重かった。親に捨てられた傷を抱えた人間が、今度は自分が同じことをするのか、という不条理が強く残る。そこに人間の弱さや哀しさを見る人もいるのだろうが、自分には“傷を抱えた不器用さ”というより、“結局は他人を傷つける側に回る無責任さ”のほうが強く見えた。
全体として、このドラマは「不器用でも純愛」として提示したいのだと思う。けれど、自分には「一度相手を深く傷つけた男が、状況が整った途端に戻ってきて、周囲もそれを受け入れてしまう話」にしか見えなかった。その構図がどうしても無理だった。極端に言えば、子どもを抱えた元妻を捨てた男が、生活が安定した頃に“やっぱり家族でやり直そう”と言い出すような気持ち悪さに近い。愛の強さというより、責任の取り方の雑さばかりが目についてしまい、最後までロマンチックには受け取れなかった。
子どもを作るかどうかという話も、二人も周囲も驚くほど軽く扱っていて、そこにもかなりの雑さを感じた。もちろん、若年性アルツハイマーだから「子どもを作るべきではない」とまでは思わない。ただ、本来なら二人で真剣に悩み抜くべき問題のはずなのに、実際にはそうした重みがほとんどない。「子ども見てみたい」程度のノリで口にする夫にもかなり嫌悪感があったし、将来への不安を周囲に少し指摘された流れで「じゃあ作ってもいいかも」に接続していく展開も、あまりに粗く、理解しづらかった。
尚が倒れた場面での真司の態度にもかなり引っかかった。「失敗だったんですよね!」と医者を責める感情自体は理解できなくもない。だが、その前に「そもそもお前はアルツハイマーという病気をどれだけ現実のものとして受け止めてきたのか」と言いたくなる。前の状態に戻してくださいと迫るような物言いも含めて、これまでの自分の振る舞いを棚に上げすぎている。しかも、この病気にはそうした後退や不安定さが起こりうるという感覚を、真司がほとんど持てていないように見える。これまでも似たようなしんどさはあったし、今後も同じようなことが起こりうる。その可能性を想像して泣く、という描写ならまだ理解できるが、「二度と失敗しないでください」という攻め方は、あまりに幼稚で危うい。同じ女性を愛した者同士という関係性まで含めて、見ていてかなりきつかった。
さらに言えば、「なぜもっと早く新薬を試さなかったのですか」と、尚が前向きに生きる気力を奪った張本人が医者に食ってかかるのも相当まずい。しかも、医者が「尚本人がこれ以上しても意味がないとおっしゃったので」と説明したのに対し、もしそれで若年性アルツハイマーの本人にほぼ全決定権を委ねていたのだとしたら、それもまたどうなのかと思った。もちろん本人の意思は尊重されるべきだが、家族、とくに尚の親も含めて状況を共有し、支援体制や意思決定のあり方をもっと丁寧に組み立てるべきだったのではないか。少なくとも、親に事情を説明し、真司とのその後の関係性や現在の状況も含めて相談する段階があってよかったはずで、そのあたりの描写も全体にかなり雑だったと思う。




